須崎純一

須崎 純一

すざき じゅんいち
AIクローン構築コンサルタント
MOVIE
3分でわかる須崎のストーリー
STORY
👶
幼少期
千葉の埋立地で育った末っ子
出身は千葉県千葉市美浜区。東京湾が見える稲毛海浜公園まで徒歩5分の埋立地にて、銀行員から脱サラした亭主関白の父、安定志向で専業主婦の母、姉二人の須崎家に末っ子として育ちました。
幼少期の写真 幼少期の写真 幼少期の写真
🏉
高校〜大学
縦社会(ピラミッド型)が苦手でした
幼少期からスポーツはさまざまなものにトライしましたが、決して体育会系の人間ではありません。そもそも上下関係やピラミッド型の人間関係が苦手なんです。

高校時代はラグビー部、大学時代はテニスサークルに所属していましたが、いずれも先輩、後輩、分け隔てなく付き合っていました。おかげで学年の枠を超えて親交を深めることができました。

モットーは「上下関係なく、みんな平等」。このスタンスは今も変わりません。コンサルタント業をしている今でも、「先生」や「師匠」と呼ばれるのは苦手です。クライアントと須崎は一緒のチームでいれると良いなという思いです。

逆に、クライアントが持っている「独自のノウハウ」や「独自のスキル」は、須崎には無いモノです。クライアントのオリジナリティと須崎の強みを上手く組合せて、ビジネスを成功させること。それが須崎の仕事です。
ラグビー部時代 ラグビー部時代
💼
22歳
悲惨な就職活動でした
大学4年生になり、就職活動が始まります。これが、須崎の初めての挫折でした。

就活では、華やかな世界に憧れ、エンタメ業界の大手企業ばかりを受けました。就職に有利になると勘違いし、在学中に業界人の知り合いも増やしました。

ですが、今考えてみれば、ただの知り合いが就職を助けてくれるわけがありません。そもそも、取り繕った志望動機で採用されるわけがないんです。結果、ことごとく惨敗。これでもかというほど不採用になりました。

「自分の人生で、こんなに上手くいかないことがあるとは...」

世の中の厳しさに直面し、疲労困憊の日々でした。就職がなかなか決まらず、初めて父親に相談しました。そしたら一言。

「何がやりたいのか、それを絞ってみろ」

当時の自分が出した答えは、誰からも制限を受けることのない、自分の意思で大事なことを決められる環境で「将来、経営や起業につながる仕事がしたい」でした。

「将来、起業したいヤツしか来るな!」。まさしく須崎にピッタリな会社と出会いました。起業家を輩出するコンセプトの日本系コンサルティング会社に入社が決まります。
😔
人生リセット 1回目 23歳
帰れないのか?帰らないのか?
新入社員としてコンサルティング会社に入社。ただ、そこでの仕事は本当に大変でした。半分以上の社員は、仕事が終わらず会社で徹夜します。それが当たり前の会社でした。

須崎も会社の近くにマンションを借りましたが、1年経っても、トイレットペーパー1個を消費しませんでした。どれだけ家にいなかったことか...。会社での仮眠が続き、常に睡眠不足。外に一歩も出ない日も多かった。

仕事が終わらず帰れないのか。周りが帰らないから帰れないのか。もうよくわかりません(笑)

入社時の「将来の起業のために」というビジョンはだんだんと薄れて、ただただ作業に追われる日々。頭がおかしくなり、たまにパソコンに話しかけることもありました。たぶん、この状態のときには、既にうつ病だったのかもしれません。

もう体はおかしかったのですが、周囲がみんな同じ状態だから、誰も異変に気が付かないんです。(みんな、うつ病状態だったので、それが普通だったんですね。)

そんなある日、うつ病から復活した先輩が職場に戻り、須崎に言ってくれました。

「お前も、うつ病だろうから、医者に診てもらったほうがいい」

病院で「うつ病」と判明。社会人1年目の出来事でした。会社を辞め、実家に戻って社会人をやり直すことにしました。

振り返ってみれば、入社時はクライアント企業のトップと関わるようなコンサルタント業務をイメージしていました。ですが、22歳の若造にそんな責任ある仕事は回ってきませんよね。今ならわかります。そして気づいたんです。須崎がいなくても、会社は困らないって。
🏆
25歳
ようやく社会人として、なんとかなる
体調も回復し、自宅でファイナルファンタジーばかりやっていたのですが、「これじゃいかん!」と思い、社会復帰を試みます。運良く、ネット通信を手がけるNTT関連会社へ第二新卒として入社しました。
NTT時代の須崎 当時の写真。今より老けて見えます(笑)
夕方6時に帰れる。残業代が出る。有給が取れる。「これが普通の会社なんだ!」とびっくり。同僚が仕事の愚痴をこぼしても、以前の会社で身体を壊すほど働いた須崎にとっては、楽に思えることばかりでした。

しばらくして、運よく大きなクライアントを任せてもらいました。このチャンスで業績を上げ、会社初の社長賞を獲得。「君がいないと困る」と言われるようになりました。社会人としてやっと結果を出せた瞬間です。

その後も仕事は順調でした。ですが、どれだけ結果を出しても、朝9時に出社して17時に帰る年配の社員の方の給料を越せないという、やるせなさを感じるようになってきました。

長く勤めている人が、結果を出さなくても給与が高い。そんな年功序列型な賃金制度に疑問を感じました。このころから、「結果を出せば出すだけお金がもらえる」成果報酬型の賃金制度に興味を持ち始めます。
💰
27歳
年収が過去最高金額に!
ある日、外資系企業に人材を紹介している会社からヘッドハンティングの電話がかかってきました。「キャリアアップに興味はありますか?」という内容だったので、二つ返事で「あります!」と回答。時間を見つけて面談に行きました。

そしたら、話をするうちに先方の担当者に気に入ってもらったのか、「うちで働かないか?」とお声かけをいただきました。このヘッドハンティングの会社も成果報酬型。挑戦する良い機会だと転職を決意します。

東京は赤坂にあるオフィスは、20人ほどのスタッフがいて半数が外国人。英語が飛び交う環境はとてもアグレッシブでワクワクしました。若くして年収ウン千万を稼ぐ社員もいて、完全に実力主義の世界です。

業務はハードでしたが、実績を積めばその分、報酬になることを体感。実際、須崎も結果を残し、これまで勤めていた会社では考えられなかった給料をいただけました。
📉
人生リセット 2回目 28歳
リーマンショックで会社が倒産
やればやるだけ給料がもらえる環境を手に入れた矢先...リーマンショックが起きました。

外資系企業が採用をストップ。外資系企業への就職斡旋のみで売上を上げていた会社は、一気に業績が落ち込み、倒産することになりました。

ちょうどその時、須崎は結婚を控えていました。そんな状況での突然の会社倒産。結婚式の3ヶ月前で、いきなり無職に...

倒産してしまった会社で、須崎は転職を斡旋するために多くのサラリーマン(転職希望者)と接していました。そこで気づいたことは、「お金を貰うことだけが目的で働いている人たちは、仕事も人生も楽しんでいるようには見えなかった」ということです。

反対に、やりたいことを仕事にしている人は楽しそうでした。お給料が標準よりも少なかったとしても、仕事が楽しいから転職にも興味がない。そんな方は、みなさん、とても生き生きしていました。

急遽、無職となった須崎は、ハローワークに通いながら、そのことを思い出し、自問自答を繰り返しました。

「ただただ、お金のために働く。自分は本当にそれでいいのか?」

そして...やっとわかったんです。
「給料は関係ない!やりたいことをやろう!」
そこで、本当に興味のあること。学生時代に興味を持っていたエンタメ業界に、もう一度挑戦しようと決心します。
🎬
29歳
「やりたいことをやる」人生を生きたい!
昔とは違い、会社をエンタメ系に絞り志望動機もしっかりと伝えました。ですが、不況で採用も少なく、なかなか雇ってもらえません。結婚式も控え、早く仕事に就きたいという気持ちもあり、声をかけられた知人のエンタメ系会社で修行することに。

4社目にして、やっと好きな仕事に就けたんです。

エンタメ・コンテンツを作る仕事はとにかく楽しかった。自分が手がけたものを見て喜んでくれる人がいる。なんて幸せなんだろう!「もっと面白くするために!」と費やす時間はまったく苦になりません。

コンテンツ・プロモーターとしての経験も積み、ネット配信等の最先端の技術も学ばせてもらいました。

しかし、給料はこれまでの最低金額。新卒で入社した会社よりも低かったけれども、最高に充実した期間でした。単純に好きなことを仕事にしただけ。この経験が、今の仕事にも通じています。
🔥
人生リセット 3回目 30歳
脱サラし起業。だけど、全く上手くいかない毎日
30歳を目前に、いよいよ起業を決意。まずはセミナーの映像を撮影・編集する業務からスタートしました。

起業後、セミナー撮影やDVD作成も手がけましたが、基本的にできることは何でも引き受けていました。ホームページ作成、漫画制作、フェイスブック集客講座、電子書籍作成、ポッドキャスト制作配信、街コン......。

これでは、何の専門家かわかりませんよね。事実、まったく稼げませんでした。同時に、FXで200万円損失し、貯金がみるみる少なくなっていきました。

そんな状況だからこそ仕事を頑張らないといけないのに、やる気はどんどん失われていき、気がつけば一日中スマホでゲームばかりしていた。なんて日々が過ぎていきました。今思えば、結構あぶない状況でしたね。
🔍
30歳
自分の強みは、なんだろうか??を本気で探す
いい加減にしないと、ホントに落伍者になる...。

そういう危機感から本気で自分の強みを探し、専門性を見いだすことに集中しました。

すると、コンサルやヘッドハンター時代に培った「その人の良さを見いだす能力」、エンタメ系で蓄積した「コンテンツ・プロモーター」としての経験などが、すべて生かせる仕事が自ずと見えてきたのです。

しばらくは「自分の強みをどのように生かしたらよいのか」がわかりませんでした。が、焦らず、じっくり、さまざまな仕事を受けながら試行錯誤を繰り返しました。そんな試行錯誤を繰り返していると、不思議と自分の強みが見えてくる日がきたりします。

須崎の場合は、商品開発・ITサポート・マーケティング企画・プロモーション企画。これらのスキルを軸に「個人起業家が成功するためのオンリーワン商品を一緒に作り上げること」、言い換えると、「個人事業主・フリーランスの商品作り」を本業としてビジネスを展開していくことを決心しました。
💡
31歳〜
上手くいっている起業家と、上手くいっていない起業家の違い
経営塾の事務局を通じて、1000名を超える個人起業家の方とお会いしてきた中で、ビジネスが上手くいっている方と上手くいっていない方の違いがわかりました。

ビジネスで成功している方には、「ぜひ、買いたい!!」と思われる魅力的な良い商品・サービスがあります。だからこそ口コミでも広がり、集客もすればするほど結果も出ています。さらに、その商品・サービスは高単価です。薄利多売ではなく、一点豪華型の魅力ある高単価商品・サービスになっています。

逆にビジネスで成功していない個人起業家の方は、良い商品を持っていないケースが多いです。他でも買えるような商品・サービスしか持っていない。魅力がない、オリジナル性がない、必要とされていない商品・サービス。だから頑張って集客しようとしても、ブログ書いても、SNSを投稿しても、お茶会を開催しても、集客セミナーに参加しても...稼げていないんです。

しかし、人は誰でも皆、必ず、それぞれ独自の強み、ノウハウ、経験、スキルを持っています。ビジネスが上手くいっていない方は、この「独自」さを世間のニーズに上手く適用させた商品・サービスを持っていないだけ。

個人起業家がビジネスで上手くいくためには、まず独自の強みを生かして、高単価でも「ぜひ欲しい!!」と言われるような魅力ある商品・サービスを作らなければならないんです。
🚀
転機31歳
「自分の提供価値」を知る
これまでの経験と反省、そのなかで蓄積してきたビジネスノウハウを総動員し、初めてビジネス・プロデューサーとして関わった女性がいました。

その方は、当初はコーチとして月に1万4000円あるかないかの収入でしたが、彼女の経歴、強み、独自性を併せた高単価プログラムを打ち出したところ、3ヶ月で月収100万円を超え、その後も伸び続けました。

彼女の結果を見て、須崎のサービスそのものに「価値がある」と確信。自信を持って、より多くの人のビジネスをプロデュースしていくきっかけになりました。
🤖
現在
AIクローン構築コンサルタント
2020年から4年間、全国のホテルを転々としながら仕事をする生活を送り、47都道府県を制覇。現在は大阪に拠点を置いています。

個人起業家の「商品づくり」をしてきた経験に、AIとオンライン自動化の技術を掛け合わせ、今は「AIクローン構築」という形でサービスを提供しています。自分の分身(AIクローン)に働いてもらうことで、集客から販売までを自動化。時間と場所の制限から解放される仕組みづくりを支援しています。

須崎の願いは、みなさんに望みどおりのライフスタイルを送ってもらうこと。制限に縛られず、すべてにおいて自由な暮らしをする人が増えたら、もっとステキな社会になると信じています。
「いつかやりたいを今やろう」
VALUES
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共存

よく「勝ち」や「負け」を多用する方がいますが、須崎のようなタイプは、勝ち負けを気にしていると辛くなってしまう。勝ち負けより「共存」の世界がいい。皆、良いところを持っているのだから、その良いところを生かしていったほうがいい。同業であっても互いの強みを認め、協力し合いながら業界全体を盛り上げていけばいい。そんな価値観を持っています。

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自由

「ナンバーワンでなければ意味がない」という信念の方もいますが、仮にナンバーワンになっても、今度はそれを維持するために必死にならなければいけない。絶えず後ろを気にしながら、ずっと走り続ける...それって苦しいですよね。須崎にとっての成功とは、時間・場所・人間関係・お金の制限をなくし、信頼できる仲間と共に人生を楽しむこと。それが「自由」です。

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いつかやりたいを今やろう

映画『最高の人生の見つけ方』をご存知ですか? 余命6ヶ月と宣告された2人が「バケット・リスト」を作り、やりたいことを全部やる話です。最期に「この半年が人生で一番楽しかった」と言って亡くなっていく。でも思うんです。亡くなる前じゃなく、それを今からやっていったほうがいいと。ビジネスで"稼ぐ"ことは大切です。でも、その先の「稼いでどうしたいのか?」のほうがもっと大切だと須崎は思います。

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